事故の直後に、この事故をチャンスと取られて無駄にしないようにするとかなんとかと言って非難された人がいたそうだが、率直に言って、事故が起きたとき、「やった。これで絶対に実験できない状況のデータが得られる。大チャンス。\(^O^)/」とまで思う必要はないが、「これを絶対無駄にはしない。可能な限りのデータを取って、分析して、将来に役立ててやる。絶対に未来を創ってやる」と思う奴じゃないと、科学者、工学者、研究者、技術者としてやっていけない。技術者だけじゃなくて、政治家や行政の人間も同じだろう。
事故からいかに未来につながる教訓、糧を引き出せるかどうかが鍵。
それを言葉尻をとらえて、避難するのは、単なる感情の爆発。バカなマスコミは飛びつくけどね。
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池上:原発事故を後世に役立つかたちに残すには、「理系の視点」「科学の目」を継ぐ人たちを育てていかなければいきません。ところが、今のメディアの論調や世論で「情緒的な」反原発のトーンだけが強くなると、たとえば東京大学工学部で原子力工学を志そう、という学生がどんどん減ってしまうおそれがある。
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まさに、廃炉にするにも、原子力工学の研究は必要なのに、こういう当たり前のことをいっても、味噌もクソも一緒に、原発推進派のレッテルを貼るバカが多すぎる。
こういう連中が、何でも放射能怖い怖い症候群。リスクは0%以外は認めないとか、安全は100%じゃないと認めないというバカと、かぶっている。
風評被害も、こういうバカのせい。
どちらも感情論でしか動けない動物状態なのが共通項。あれでは、人間、すなわち、理性のある知的生命体とは認められないよ。
リスクの意味がまるでわかってないし、生きているとリスクがどれほど大きいのかわかってない。そんなにリスクが心配、安全100%がいいのなら、早く自殺しろ、そうすれば100%安全で、心配する必要がなくなる。これ、半分以上、本気の話。ああいう連中は、それくらい極端な話を感情に任せて、声高にやっている。